零れ詩 

カテゴリ:05Natsu( 7 )

海の底には夢がある。

せつないのが好き  私。


あれこれ触ってはせつないって感じとってみる。
君の姿も 夢も 社会も。

現実 せつない。
諸行無常。

遊び せつない。
寂しいのから逃げるのは弱さ。

幸せ せつない。
だって
思い出になる。
僕は一人きりだから。


肌寄せ合うも感じるのはよりいっそうの孤独
逃れられない己
せめぎあう身体
分かち合えない叫び。


せつないのが好き 私。
せつない。とてもせつない。



支えきれない僕の心をそれでも君はただ強く抱きしめてあげた。
せつなかった。
小さい僕は泣いた。
一人きりの僕は
二人きりの私達。

抱きしめることは実感すること。
愛することはたしかに真実だった。
君はこうやっていつだってやさしかったのに。


せつない。

違う、うれしい。

涙が止まらない。
僕は君を愛している。
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by tokyo.full-moon | 2005-09-24 00:50 | 05Natsu

なつかめ草。

僕はゆっくりとむっくりとのぼっていく
与えられた坂道をじぐざぐにまっすぐに

君も然り。
僕も然り。


ただひたすら。

僕がきつく縛り続けていた現実妄想に
あばよと言ったその日から幾度となくめぐりゆく
胸ときめかせる瞬間が

僕のすべて。

緑のこぶしをまっすぐ天に伸ばして
生きていくことをただこの身に感じようとする。

僕はなつかめ草。

小さくてマイペースにしか動けないんだが
体はひどくつややかでみずみずしい。
最近やっとそうなれた。


僕はいつか青空をつかみ
僕はいつか君にこの世界をくちづけして伝えたい。

そしたら一緒に歌おうね。


なつかめ草より。

美しい世界。

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フラメンコギターは楽しいよぅ。
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by tokyo.full-moon | 2005-09-06 02:16 | 05Natsu

哀しい音楽

鳴り出した旋律はいつの間にか止まらなくなった。
鳴り止まないまま私は寂しく目を閉じる。
君を忘れたくない一心で記憶にすがる。

哀しい旋律は私の心と呼応して流れゆく。
このままでは君にいつかすべての甘い記憶をあげてしまう。

寂しくでしょうがない夜に窓を開けてわめく
哀しいまま目を閉じたらいつか君はいなくなっているに違いない。

君だけをこの世界に残してしまう
かわいそうな君
哀しい旋律は君をおいて歌いだす。

私は君にキスすることしか出来ず心のうちで泣く。
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by tokyo.full-moon | 2005-09-01 00:45 | 05Natsu

寂しいときは傍にいる。

君は少し先に行っていて。
私ももう少ししたら行くから。


夏風はあたたかい。
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by tokyo.full-moon | 2005-08-20 08:53 | 05Natsu

孤独な夏の夢。


悪夢にうなされて疲れて目覚める 夏
意味もなく泣いて寂しくなる  夏


寂しい夜は静かに私を抱いて
やさしく語りかけた言葉で私を包んで

暑い夏に眠って醒めた夢には
お好みソースがたっぷりかかった卑猥な悪。
目覚めた朝は 汗の感覚を実感しながら
お好みソースの苦い後味をなめつくす。

やがて私は君を去る。
笑ってキスした頬に残った一抹の寂しさだけを 君にあげる。

水面に映る 恋する私達に
薄紫の花を 私はかざす。

会いたいのに私は君に寂しさしか与えずに
遠くを指差して歩き出す。
そしてやがて寂しくなる。
君に会いたくなる。

寂しくなって叫んだところで夢から醒める


君に会いたくてしょうがない 夏。
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by tokyo.full-moon | 2005-07-16 23:25 | 05Natsu

夜はフラメンコで昼はミュージカル。

昨日サークルの先輩に誘われてフラメンコを見に行ってきた。
スペインに行って見て以来ひさびさの本格的なフラメンコでとっても感激した。
あの間近で見るどきどき感! 最高だ。
ギターも日本一のフラメンコギタリスト!
とOBギタリストが言うほどの大物が来ていて非常にluckyであった。

そんなわけで今日は今日でミュージカルを見てきた。
前の前から友達と約束していたんです。
『夢から醒めた夢』  劇団四季

題名がとっても気になってたのもあって。
ていうか何気に初ミュージカル!!

というわけでもないが
自発的に、学校の行事とかでなくミュージカルを見に行ったのは初めてだった。
いやー すごかったよ。
すごいねミュージカルって。
鮮やかで柔らかというか 
友達とも言ってたのだけど頭がもみほぐされてクリーンになるかんじ。

ていうか四季劇場ってすごいんだぁね。
なんとなくディズニーランドっぽいおしゃれなつくりだし、
開演前とか出演者たちが廊下とかで踊ったり演奏したりしてパフォーマンスしてるのだ。

人もね、ごみごみいっぱいいてびっくりした。
いやぁ、みんなこんな休日の過ごし方してるのね!
ってかんじだった。

ただ内容はいささか陳腐だった。
陳腐というかなんというかそこまで言うほどじゃないと思うけど
少なくとも脚本とかに重きをおいてる私にはほとほと満足のいく作品ではなかったなぁ。

友達にも言われたがいわゆる大衆受けするもの、ってやつだ。
善悪はっきりしてて善が勝つ、みたいな。
そこを超えてほしいんだけどな。

去年は演劇にちょろりと携わってて思ってたのは

ああいう演技力や演出力を発揮してパフォーマンスに力を入れていると同時に
そのパフォーマンスの舞台となるストーリーも同時に表現するものって
なんだかこう主旨がなんなのかわかんなくなったり、結局何を言いたいのか、何を表現したいのかがわけわからなくなりがちだなぁと思っていた。
あるいはストーリーが単純明快すぎるもの、とかね。逆にそうなると演技力は発揮できても内容がつまらないと感じてしまったりする。
脚本家がいて、演出家がいて、役者がいて、裏方がいて
色んな人の意思が働きつつコラボしてるだけに
この作品の全てが全ていい! とは単純にはいえないところがあるなと思っていた。

(ああ、またわかりにくい説明でごめんなさい)

パフォーマンス+ストーリー=わけわからなくなりがち  
というイメージの私は、じゃあフラメンコのようにパフォーマンスのみだったりとか
文学のようにストーリーだけならわけわからなくもならない、と思っていた。
そんでもってなんかミュージカルもどっちかっていうとパフォーマンス重視だろうから
わけわからなくないだろうと思っていた。

でも今日見に行ってやっぱりミュージカルも演劇と似たようなもんだなぁと思った。
いや、わけわかるんだけど
派手なパフォーマンスをしつつも、あれはしっかりと脚本をもとに話が進んでるから。
んでもってその話がつまらないと素敵なパフォーマンスも台無しだなぁと思ったから。
(少なくとも私の視点ではね)

だからつまりパフォーマンスだけじゃ満足できないし、ストーリーがいいだけじゃ面白みがない。

結局そういうコラボ系なものは
少なくともリスキーではあるな。

という結論に至った。

パフォーマンス+ストーリー=リスキー

小説とかだったら
「この人の作品大好き!」
って簡単な話なんだけどね。
色んな評価点が多ければ多いほどそれで満足できる確率は低い気がする。
特に私の場合ストーリーが一番重要だと思ってるから
ストーリーがだめなやつはすぐ斬ってしまう。

そんなわけで私は映画とかもほとんど見ない。
まぁ面倒くさいだけかもしれないけど。

最高の演劇なぞを一度見てみたいものだ。
脚本も演出も演技も
とびきりいいやつを。
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by tokyo.full-moon | 2005-06-19 21:25 | 05Natsu

文章ゼミ

今日はひさびさに私の恩師に会いに行った。

私は高校3年の頃1年間鶏鳴学園という国語専門塾に通っていて
今日はそこの大学生、社会人むけのゼミ、文章ゼミに参加してきた。

っていうのも、大学に入ってからあまり真剣に文章を書いて批評をしてもらうこともなく、
誰かに厳しく批判されてもっともだ!と思うこともなく
なんだか自分がいいたいことを適当にそれらしく言っていてそれを特に誰にも批判されることなく、君は君の研究を自分で進めなさい、大学生なんだから、
なぁんて言われながら自分の思うまま好き勝手やってきた節があったからだ。
うすうすそれじゃだめだ!もっと自分を鍛えなきゃ!誰かもっと私を教育してくれ!こんな唯我独尊じゃいつまでたってもこのままだ。

そう思って今回わざわざ学校をさぼってお茶の水に行ってきた。
(学校をさぼる必要は別になかったけど。ゼミは夜からだから)

あらかじめ文章提出をして、自分の今考えていること、問題意識を感じてることなど
ワードで1、2枚ほど打ったやつを先生に送り、またゼミに参加するみんなが書いた文章も
自分の手元に送られてくる。あらかじめそれらを全部読んだ上でみんなで批評し合い、議論し、
先生に叩かれる。

先生は何と言ってもきびしい。きびしい先生だ。まあ生徒に甘い先生など意味ないと思うけれどその先生は本当にきびしい。

そう思ったのは今日私は先生にこてんぱんに叩かれたからだ。

私が提出した文章っていうのは「私はなぜ学ぶのか」
ということについて。内容は要するにフラメンコ大好きな自分と実学を重視するSFCの教育とのギャップに苦しむ自分について。ということを書こうと思ったわけではないのだけれど、

ちょっとそれにつけたせば、
私はフラメンコやったり詩を書いたりしてるのが大好きなんだけど、それって社会的に何か大きな影響を及ぼしたりするわけではなくて、労働力の一つにはならないと思ってる。でもそれに対して教育についてとか、組織のマネジメントとかも興味があったりする。それはいわゆる実学というか、実際に社会的ニーズがあって、その社会の中で自分がなにかしら社会の抱えている問題に影響を及ぼせるものだと思う。
それで自分はどっちをやっていこう?とか、実学をやらないとなんだか自己満足の世界に取り残されてしまう気がする、と思っている。

という内容。

もうこてんぱん。
とにかくまず君は高校の頃と何も変わっていないよと言われた。

がーん。
基本的に私の文章は何がいけないかと言うと
何言ってるのかわからない
らしい。

根拠があいまいなままに自分で勝手に理論を作り上げてしまうのだ。
だから自分は一生懸命考えた!と思っていても
考えが浅い と人蹴りされてしまう。

何で実学やらなきゃいけないと思うの?

そう聞かれたとき意外にも何もちゃんとした根拠を言えなかった。

私  「いや、だって社会の中の一個人として何も役割をはたさなくなっちゃうから・・・」
先生 「フラメンコだってニーズはあるでしょうが。少ないってだけでこの塾だって少ないけニーズはあるでしょうが」
私「悩・・・・」
私「いや、だってほらみんながみんな自分の好きなことやって芸術とかばっかりやってたら、だめじゃないですか」
先生「そんなこと絶対ない! ほら、みんな見てみなさい。今日集まったメンバーだってみんな君と全然違うよ!? 公務員になりたい人や国連で働きたい子とかもいるんだよ」

と、ここで一つ私が見落としていた大きな点に気づく。

みんな違うのか!!!


そうか、みんながみんな本来音楽やりたかったり文学的に生きたかったりするわけじゃないんだ!社会的に活躍したい人もいっぱいいるんだ!


当たり前といや当たり前なことをなんでこんな長い間見落としていたのだろう・・・。
ただ単に量の問題で、私は単にマイノリティな人間であるというだけであった。

先生「社会的なニーズが全くないことなんてない。だって実際君はフラメンコで救われたんだろう?もしそれを社会的な役割に還元できないんだったら自分で社会的役割を作ればいい」

なるほどなるほど、
あぁ、要するに私は自分がどう思っているかとか
何が大事だと思っているかとかよりも
周りに何を求められているかとか周りが何をしてるかを気にして結局どっちつかずになってしまってるだけじゃないかと思った。

社会的ニーズがどうであれ、自分がフラメンコが好きでマネジメントが好きで、じゃあそれを結局何を優先させていきたいか、という自分個人の問題なのだった。
私は結局周りを気にして周りを理由に自分の進路をそれなりのところに位置づけようとしてただけだった。

結局自立できてない、というか、、周りを気にしてるってだけか。
要するに自分がどうしたいかなのに。
周りのことはあとだろう。


と、簡単な理論に一般化されてやっと整理がついた。
ああ、たしかにこりゃあ考えが浅かったな。


最後釘をさすように先生から言われる
「出口さん、もうあんな文章書いちゃだめだよ」

はい・・・・・汗

とか言ってまた書いてしまいそうで怖い。
日本語を自分で好きに使って表現するってのは難しくて危なっかしいことで、
自分で正しいことを書いてるつもりでも論理がなってなかったり気持ちが全然人に伝わってなかったりする。
それはどう自分が正しい思考ができるか、にも関わってきていて、間違った表現や理論をもとに
考えを進めていっても結局悩みが堂々巡りになってしまう。

日本語を学びなおしたいと思ったのはそれが理由だった。
その目標に十分沿うような授業内容ではあったが、これからまた一つ一つ自分の表現の仕方を妥当かどうか確かめつつ、人が見てわかるようにわかるようにと 恐る恐ることばを発するのかと思うとため息がでてしまう。
話したりするほうがよっぽど楽だ。
詩を書くのはなおさら楽だ。

でも私は決めたのだ。日本語をもっと学ぶことで、身近な表現を磨くことできちんとした思考をできるようにすること、そうしてコミュニケーション力を磨き、それを人にも伝えていくことで私達はもっと豊かになれるはずだと思っている。身近な表現を磨くことは人と人とのすれ違いを避け、よりインタラクティブな関係を築き、そして自分が他者に発信すると同時に他者からのメッセージをたくさん吸収することができる。だから私はもっと日本語を学ぶ。そしてもっと表現を磨くために「書き」続ける。



だからみなさん、あの、分かりにくいフレーズとか文章があったら指摘してください。
お願いします (;_;)
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by tokyo.full-moon | 2005-06-18 01:45 | 05Natsu